大判例

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秋田地方裁判所大館支部 昭和48年(ワ)14号 判決 1976年3月11日

原告

株式会社十和田農場

右代表者

永見勝茂

右訴訟代理人

金野繁

外一名

被告

鹿角市

右代表者

阿部新

右訴訟代理人

内藤庸男

外一名

主文

一、被告は原告に対し別紙目録記載の土地につき中実測一万九、八三四平方米に限り所有権移転登記手続をせよ。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はすべて被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、(原告)1、被告は原告に対し別紙目録記載の土地につき昭和四七年三月三〇日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二、(被告) 請求棄却、訴訟費用原告負担の判決。

第二、当事者の主張<略>

第三、証拠<略>

理由

一契約の成立

<証拠>を総合すると、原告代表者は遅くとも昭和四七年三月三〇日までに十和田町に対し本件土地中原告において賃借使用中の部分の原告への売却(払下)方を申し入れ、十和田町長高橋忠は同月三〇日に原告代表者に対し電話にてこれを承諾する旨の意思表示をするとともに、本件売買に関する契約書(甲第二四号証)に記名押印したこと、原告代表者は遅くとも同年七月末日に被告の十和田支所において同支所長守田欽一立会のもとに右契約書に記名押印したこと、右契約書中の本件土地の面積らんは空白になつているが、それは本件土地中原告の使用している敷地部分を含む実測一万九、八三四平方米に限り売却し、その余の部分は町に留保しておくのであるが、町において実測の上これを特定する旨約して空白とされていること、が認められる。なるほど、乙第三号証を精査すると公印使用欄に検印、文書係長印が抜けて正規の決裁書の体裁をなしていないことが認められるけれども、それだけの事実から合併後に十和田町長印を冒用して本件契約に関する契約書が作成されたことを疑うことは早計であり、他に右認定を左右るすに足りる証拠は存しない。

地方自治法二三四条五項の趣旨は公経済のもつ公共性のゆえに契約関係を明確にすることにあり、その意味は地方公共団体が契約書を作成して契約する場合には口頭による契約により予約が成立し、契約書に記名押印することにより本契約が成立しこれにより確定する意味であると解すべきである。そして、契約書の記名押印の日が契約当事者により前後するときは、最後の記名押印の日に契約が成立するものと解すべきである。これを本件についてみるに、原告と十和田町とが遅くとも昭和四七年三月三〇日に本件契約につき口頭の合意をしたことにより予約が成立し、同時に十和田町長が同日契約書に記名押印したことにより右同日の売却の意思表示と併わせて本契約の売主側に関する部分が確定し、原告代表者が遅くとも同年七月末日に前認定のとおり右契約書に記名押印したことにより本契約の全部が成立したこととなる。そして売却された面積は本件土地中一万九、八三四平方米であり、未だその部分は特定されていないこととなる。

二町議会の議決

<証拠>によると、昭和四七年三月三〇日十和田町議会臨時会において議案三〇号として十和田農場敷地及び施設の払い下げについて、成田勝太郎外六一名から出された陳情を「願意妥当」として承認したこと、その議案中には本件土地の内一万九、八三四平方米を成田勝太郎外六一名に売却する旨記載されていることが認められる。

そこでその決議の趣旨について検討する。

<証拠>によると、原告代表者は長野県飯田市所在の中部農産食品有限会社の代表取締役をしているものであるところ、昭和四四年秋田県の誘いに応じ、十和田町の畑作振興のため山ごぼうの契約栽培をすることになり、当初は原料をそのまま飯田市へ送つて加工していたが、地元十和田町の要求に応じ一次加工である塩蔵をすることにし、そのための用地として十和田町有の廃校跡である本件土地を賃借し、昭和四六年一一月一日原告会社を設立してここで山ごぼうその他山菜の一次加工をすることになつたこと、原告会社は地元から地場産業として歓迎され、十和田町もこれに力を入れて測面的援助をしていたこと、地元住民も同様協力を惜しまなかつたこと、そうするうち、原告代表者は原告会社の将来の発展のために、その敷地を原告会社に払下げを受けたいと考えるようになり、その従業員および関係者も賛同し、十和田町に対しその旨の陳情を書面または口頭でなしたこと、前記町議会決議のもととなつた成田勝太郎外六一名からの陳情(甲第一四、二二号証)もこのような雰囲気の中でなされたものであることが認められる。しかしながら他面証人村木繁夫、同成田直利の証言、前記乙第一二号証中の成田直利、橋野市之助の供述中には、前記町議会において少なくとも審議の段階では払下の相手方として地元民である成田勝太郎外六一名とするか原告会社とするかが議論され、結局前者とする結論が下され、その理由は町有地を他県の者の経営する原告に帰属させたくないとの理由であつた旨の供述がある。そこで彼此対比して検討すると、前記陳情者の主観においては払下の相手を原告会社にすることを考えていたのであるが、町議会の意思形成過程においてそれがゆがめられ、結局払下の相手方を原告としないことになつた疑を払拭しきれない。それゆえ、町議会の議決として本件土地を原告に譲渡する旨の議決があつたとは断定できない。そうすると、前段認定のとおり十和田町長が本件契約をするに際し、町長の主観はともあれ、客観的にみる限り、町長にその権限があつたとはいえないこととなる。

三原告の善意、正当事由、信義則違反の存否

そこで、十和田町長が本件契約を締結するにつき、表見代理が成立するか否かについて検討する。

契約に関する民法の原則が地方自治法二三四条五項によつて修正され、契約書への記名押印が契約成立の要件とされる場合において、契約の当事者が契約書に記名押印した日が前後するときは、最後の記名押印の日に契約が成立するものと解すべきであること前記のとおりであるが、表見代理の成立要件である相手方の善意、正当事由の存否は各表意者の行為の時を基準としなければならない。なぜなら、表見代理行為があれば、たとい未だ契約が成立しなくともその表見代理行為を信頼した相手方はその信頼にもとづき種々取引行為を行うことが考えられ、これを保護するのは表見代理の制度の目的に合するからである。ただし、表見代理行為の日から契約成立の日までの間に相手方が権限踰越等無権限の事実を知ることとなり、それにもかかわらず相手方において契約成立のための行為をなした等信義則に反する事情が認められる場合にはその契約は信義則違反として無効に帰するものと解すべきである。これを本件について検討するに、原告代表者の善意、正当事由の存否は町長が契約書に記名押印した日である昭和四七年三月三〇日を基準として考えなければならない。原告本人尋問の結果、前記乙第一一、一三、一四、一五号証の守田欽一の供述部分、同一二号証の藤田雄一の供述部分、前記認定の契約締結の事情、本件土地払下の陳情の経緯を総合すると、原告代表者は原告への払下の陳情をしていたし、地元の反応も同様であつたので、昭和四七年三月三〇日十和田町長より電話で原告への払下の決議が成立した旨の通知を受けこれを信用していたのであり、また当時は十和田町長自身も、これを補佐する当時の助役守田欽一も原告へ払下げられたと解していたことが認められ、<反証排斥省略>。それゆえ、原告代表者は十和田町長が契約書に記名押印した昭和四七年三月三〇日には自己に本件土地が譲渡される旨の町議会の議決があつたと信じ、かつこれを信じるにつき正当の事由があつたものというべきである。

そこで、右町長の契約書への記名押印の日以後、原告代表者が記名押印した同年七月未日までの間に原告において信義則違反を問われる事情があつたか否かについて検討する。<証拠>によると原告代表者は、昭和四七年三月三〇日の町議会以後、本件契約の履行のための所有権移転登記手続に関し地元民に反対を唱える者がいて難航していることを知り種々地元の有力者に働きかけていること、とくに同年七月三日付成田勝太郎宛の信書中に、本件土地問題に協力方を依頼し、「……純法律的には、会社(使用者)と町(所有者)の判だけで、移転登記できる由ですが、これは強行突破という形になりますから……」と記し、地元民の署名様式を添付しその様式は地元民が原告への移転登記につき同意する旨の記載をするようになつていることが認められるけれども、これは、前記認定の契約締結の事情、前記町議会までの陳情の経緯等に照して考えると、原告代表者が町議会の議決が本件土地の譲渡の相手方を原告とせず地元民たる成田勝太郎外六一名としていることを知つていることを推認する資料とはなしがたく、他に原告代表者の信義則違反の事実を認めるに足りる証拠は存しない。

四被告は原告代表者の記名押印が旧町消滅後の昭和四七年七月下旬になされたので契約は失効した旨主張するが、前認定のとおり十和田町長がすでに同年三月三〇日に記名押印したことにより本契約の一部が成立し、原告において記名押印すれば全部本契約が成立する状態として権利義務関係が合併後の被告に引継がれたものといわなければならないので、右主張は失当である。また、被告は町議会の議決が未執行のゆえに失効したと主張するが、前認定のとおり昭和四七年三月三〇日に十和田町長はこれを執行に移したのであるから右主張は理由がない。さらに被告は、本件土地譲渡は無償譲渡と同断であつて、議会の議決を必要とするところ、それがない旨主張するが、その主張はそれ自体失当であるばかりか、すでに前認定のとおり町議会の議決を経ているのであるからこの点の主張も理由がない。

五原告主張のとおり十和田町が合併により消滅し、被告がその権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。

六以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく原告は被告に対し本件土地につき中実測一万九、八三四平方米に限り所有権移転登記手続を求める権利があるものというべきである(制限種類債権の未特定の場合に該当するので、目下のところこれ以上の特定はできない)。それゆえ原告の本訴請求は右の限度で理由があるので、その限度でこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、民訴法九二条を適用し主文のとおり判決する。 (東孝行)

目録<略>

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